FC2ブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『幸せ』を

言葉にすることは


「幸せ」に刺激を

我欲を


常に要求していること



「幸せ」に

かたちはない



けれど

「幸せ」は

私のもつ

過去から成る


未来だったということ



無理強いなどせず


偶然という必然に

身を任せて



在る状態だということ



「幸せ」に

かたちはなくとも

感情はある



求めてばかりいては

きっと

嫌気がさすだろう




無理強いを覚えた

私に

「幸せ」も

安らぎを感じないだろう




手放す強さを

恐れた未来に

自分はない



だから

私たちが多くを望まない限り

「幸せ」も

なつくだろう



だれかがそうしたように


まっすぐと、

私を見つめたように



あなたも、また




言葉のない

『仕合わせ』を



求めたんだろう

お久しぶりです。ご無沙汰しております。

なんやかんやで最近は忙しくて…

ちょっと休息に、と 書きました。


すでに数十の詩たちがストック済みで

昔のを合わせるとまだまだ書き足りないのが現状で御座います。


今回の詩は、「幸せ」という言葉を多々使わせて頂いて、

しかし決して幸福なイメージの出来ないよう、仕上げました。


西洋のことわざに

「時間が過ぎ去って行くのではない。我々が過ぎ去って行くのだ。」

というのが在ります。

それと同じように、「しあわせ」にかたちはなく、状態であるということ。

言葉にするのでは無く、それに感謝し、だれかにそれをわたす。

時間に逆らえないように、決まって「幸せ」は長続きなどしないということ。

解ったうえで、いまを生きれたらそれは素敵なことです。



「幸せ」と「仕合わせ」、

より強い表現をしてあるの、詩の中でで解って頂けたのなら、幸いです。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://lifepoem.blog76.fc2.com/tb.php/48-d0f18ee4
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。